「漂流密室」取材記 2000年3月20日


■屋久島MAP
(白谷雲水峡案内より)

20日(火) その

昨日の補足。

汗をかいてシャツまで濡れてしまったので、安房の町の洋服屋でラージサイズのシャツを買った。
古いマネキンがあった。



帰りに、橋の上から、安房川の景色を写真に撮る。
これは、おれの泊まっている部屋からは見えない。
とても美しい景色だ。
碧(みどり)の川が山に吸い込まれてゆくような。



「雨の屋久島編」

ま、紀行文で文句ばかりいっているのも、オレ様らしいが、一人称が「僕」、「おれ」、「オレ」、「わし」などと定まらないのも、オレ様らしい。
ということで、別に統一してファッショ的な文体にするつもりなど、さらさらないので、あまり、気になさらぬよう。

朝の6時に、おかしなアナウンスが入ったが、やはり、女中部屋のせいか。(ちなみに、女中という言葉が差別語だ、などと抜かしやがるとただじゃおかねえ。むかし、女中部屋という言葉があった。それは、おれの差別的あるいは反差別的な人生観とはなんの関係もない。)
従業員と一緒に起こされて、7時には、大広間へ朝飯を食いにゆく。

卵と納豆があったら、同時には食べられないよなぁ。
卵にしよう。
卵ぶっかけご飯をかきこんで、「ごちそうさま」と席を立ったら、隣では、おかわりをして、卵も納豆も食っておる。
そうか、おかわりをすれば、両方、食べられるのか。
あたりまえのことだが、寝起きが悪くて頭のスイッチが入っていないので、気づかなかったぞ。

部屋に戻って、カメラをひっつかんで、まつばんだレンタカーの白い車に乗り込む。
いざ、出発。
わしは白馬の騎士じゃ。(笑)

屋久島は一日おきに雨が降るというが、本当だった。

昨日のカラリと晴れた天気が嘘のように、今日は、山全体に霧(霞?)がかかっていて、なんとも幻想的な世界になっている。

 

むかしから雨が好きで、小説にも雨がたくさん出てくる。

音が消えた世界で心がやすらぐ。

こういう静謐な空間で、じっと目をつむって・・・。

島の周囲は、一周で四時間くらいだというが、途中で取材をして写真を撮りながらゆくので、おそらく、その倍はかかるだろう。
今は、朝の8時なので、午後4時にはホテルに戻ってこられる計算だ。

まずは、有名な千尋(せんぴろ)の滝を見学。
誰もいない。
レンタカーが出払っているのに、どうして、誰もいないのだ。
雨だから、宿に引きこもっているわけでもあるまい。
不思議だ。

 

きれいな滝だが、ある意味では、ふつうの滝でもあるので、そのまま、次の取材地へ。

屋久島は、花崗岩でできているが、島が隆起する前は、海の底だったので、堆積層もある。その堆積層のことを「熊毛層群」と呼ぶのだそうだ。島の真ん中へんは、隆起してしまって、堆積層は、滑り落ちている。だが、島の周辺部の海岸には、真っ黒な堆積層が残っている。

これは、アレですな。
おやじの頭がてっぺんから禿げて、つるつるになって、それでも、耳から首にかけて、輪のように黒い髪の毛が残っているような状態。(笑)

いや、冗談でなしに、そうなっておる。
自然の驚異。

屋久島にいってから、街を歩いていて、このような状態にあるおやじに出会うと、「熊毛層群」という言葉が頭に浮かんで、笑いをこらえることができなくなって、困っておる。

安房(あんぼう)から車で二十分も走ると、やはり、遣唐使のころからの古い港町である栗生(くりお)の集落にいたる。

こここそが、「漂流密室」で、恐怖(テラー)のテラ・フロートへの入口になる場所なのだ。
というわけで、栗生に近づくと、車の速度を落として、あちこち、寄り道などして、写真をたくさん撮る。

黒い岩礁。

 

これこそが、熊毛層群なのだ。
6300万年前の大洋の痕跡。

雨がパラパラと頬にあたり、荒れた灰色の海を背景に、黒い岩が泰然とかまえている姿は、悠久の時の流れを感じさせてくれる。
私は、一瞬、「神々」という言葉を連想した。

昨日の森の妖精とはうってかわり、熊毛層群に宿る神々は、生命以前のどろどろのマグマのような、あらくれたイメージだ。

テラ・フロートは、terraで「大地」という意味があるが、teraで「一兆」という意味もある。(うん? 桁はあっておるかな?)
そして、もちろん、terrorの「恐怖」ともかけてある。

栗生を歩いて、「まんぼう」という名の遊覧船が安房から栗生までくることに気がつく。

乗ってみようかとも思ったが、やはり、誰もいないので、あきらめる。

みんな、いったい、どこへいったのだ?
そして、誰もいなくなった。

しばらく散策したあと、栗生のはずれにある「大川の滝」へ。
「おおこ」と読む。

 

この滝は、近くで見るせいか、凄い迫力だ。

雨が激しくなったが、もう、そんなことは気にならなくなった。
ずぶ濡れになりながら、ひたすら、自然の造形に目を奪われる。

気がつくと、オレのような一人旅の男が、ふたり。
(つまり、車が三台ということだ)

みんな、われを忘れて、滝を見上げている。
誰も、傘などささない。



あとで、屋久杉自然館の館長さんにうかがったのだが、千尋(せんぴろ)の滝は、花崗岩を削っていて、大川の滝は、熊毛層群を削っているのだそうだ。
そんなちがいもあるのかもしれない。
日本の名滝百選に入っているそうだ。
むべなるかな。

(注:あれ? 「名滝」って、なんて読むのさ。わからねえ。辞書を引いても出ていないなぁ。「めいろう」だと思うんだけど、ちがっていたら、教えてね。)


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