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19日(月) その4
これまでの経路は、
ときめきの径→千年杉歩道→荒川歩道
といった具合です。
走っているわりには、おれの歩みは遅かったらしく、本来ならば、ここまでで25分くらいのはずなのに、すでに50分が経過しておる。
ふだんは達磨(だるま)のような生活をしているのに、いきなり走ったので、脚が棒になった。
脚が動かにゃい。
右へいけば150分コースになって、左にいけば80分コースという分かれ目で、おれは熟考した。
「この脚の状態では、生還することは不可能だ」
冷静な判断力をうしなっていないところはさすがである。(笑)
ということで、左へ曲がって、「苔の橋」あたりで渓流の写真をたくさん撮る。
苔の写真も撮りました。
苔の絨毯(じゅうたん)があって、倒れた木があって、切り株もあって、杉だけではなく、実にさまざまな照葉樹が育っている。
折り返し地点で戻ってしまうと、「三根杉」とか「母子杉」といった有名どころを見ることができないので、順路に逆行して、多少、深入りすることに。
だが、これが裏目に出て、やはり、息が切れてしまって、一休み。
ぜい、ぜい、ぜい。
ひさしぶりに喘(あえ)いでしまった。
すると、そこへ、健全そうな(笑)若いカップルが前からやってきた。(というより、山からおりてきた。)
「あ、すみません・・・疲れてしまって、どうするか考えているんですが・・・あと、どれくらいで母子杉につきますか?」
「あ、すぐですよ」
「すぐって、五分くらい?」
「だと思いますけど」
女性が答える。
すかさず、男性のほうが、
「でも、こっちからだと登りになるから、もっとかかるかも」
と、おじさんの状態を分析して、慎重意見を述べる。
女性のほうも、
「うん、登るの、結構、大変かもしれない」
と、意見を変えた。
「きみたち、反対方向から150分コースで来たんだろう?」
「ええ」
「しんどかったかい?」
「いいえ、このぶんだと、二時間もあれば、まわれちゃうかも」
おじさん、かなりのショックを受けたばい。
十分ほど休憩したのち、最後の気力を振り絞って、三根杉と母子杉まで歩いてゆく。
体力の枯渇が著しく、五分どころか、三十分もかかった。
ま、写真でも見てくだされ。
そろそろ、日も暮れかかり、ヤバイ情況になってきたので、さすがに、それ以上先にいくことは断念して、帰途につく。
足があがらないので、根っ子につまづいて、膝を打った。
イタイ。
かなり、痛い。
なんだか、ひとりだけ、馬鹿みたいに泥まみれになって、汗でぐじゃぐじゃになって、まさに、這々の体(ほうほうのてい)で、仏陀散歩道までたどりつく。
必死になって、仏陀杉、双子杉、くぐり杉などの写真を撮りながら、ヤクスギランド脱出行。
七十代半ばくらいの数人のグループに会う。
「蛇紋杉までいきましたか?」
「へ?」
「いちばん奥にある伝説の杉ですよ」
「あ、いや、断念しました」
笑われた。
うーむ、おれの体力は、この「おじじ」と「おばば」にも劣るのだった。
脱出後、朦朧とする意識のまま、紀元杉まで車でいって、気を失いそうになりながら、なんとか、安房までおりてきた。
すると、さっきは目に入らなかった「屋久島ロイヤルホテル」が、目の前に忽然と出現した。
なんだか、むかし見たことのある「連れ込み宿」に似ているなぁ。
気のせいか。
妄想か。
ホテルは、なぜか、満室で、おれが通された部屋は、かなり酷かった。
六畳らしいが、どうみても、四畳半にしかみえない。
ふすまには、気味の悪い「しみ」が無数にあるし、バスルームは、ユニットバスなのだが、黴(かび)だらけ。
よく小説に出てくるが、これは、いわゆる、「女中部屋」だ。
冗談かよ。
窓の外は、ホテルの屋上になっていて、古い物干し竿がおいてある。
うーむ。
どうみても、場末の連れ込み宿じゃ。
(あ、これは悪口ですが、明日、がらりと情況が変わります。どうなるか、お楽しみに)
満員の原因は、JR西日本の団体旅行。
馬鹿野郎、てめえらのおかげで、おれは、黴としみだらけの、三十年前の団地を彷彿(ほうふつ)とさせる部屋に押し込められたのだぞ。
よく、小説で、満員の旅館の布団部屋をあてがわれる話があるが。
あれだよ、あれ。
食事のとき、大広間で、四十人で飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎに明け暮れるJR社員どもを前にして、おれの内部には、一瞬、殺意がよぎったのだった。
ひとりの客は、おれだけなので、他の客どもも、奇異の目で、おれのことを見ていた。
けっ、てめえら、つるまなきゃ、旅もできないのか、根性なしめ。
へ、おれは、どうせ、一匹狼さ。
うーむ、大広間で、ひとりで膳を前に自分でビールをつぐのは、さすがに、参るなぁ。
今日は、なんだか、疲労困憊(こんぱい)だ。
JRのやつら、夜明けの三時まで、カラオケやりやがって、その音が、おれの睡眠を妨げたのであった。
ああ、無情。
(20日へ続く)
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