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「アモルファス」という言葉を私が一般の人向けに説明する時によく使う表現が「ほら,ガラスみたいな物質のことさ」である。もちろん,あまり精確な表現ではないが,これに続けて,「ガラスは無秩序で,きれいな結晶構造をしていないんだよ」と付け加えることにしている。 だが,調子に乗って説明している途中で,「どうしてガラスはきれいな結晶にならないの?」などと質問されたら,すぐに答えに窮してしまう。「急速冷凍しちゃって,結晶の核がゆっくり成長する暇がなかったのさ」とかなんとか返答はするだろうが,なんとなく気持ちが悪い。 ガラスというどこにでもある物質状態が,なぜそうなるのか,詳しいことはあまりわかっていない。これはかなりの驚きである。 物理学の伝統的な発展を顧みるならば,たいていの場合,研究対象の系の局所的な性質が詳しく調べられ,それが限界にぶちあたったときに初めて,もっと大局的な性質へと研究が進んでゆくようだ。ガラスのアモルファス構造についても,これまでは,原子とその最近傍の様子しか実験的には詳細が判明していなかった。 今回,英国バース大学物理学科のPhilip S. Salmonらは,中性子線回折法を用いて,塩化亜鉛(ZnCl2)とセレン化ゲルマニウム(GeSe2)の構造を詳しく調べた。 中性子線回折法は,もちろん,「ガラス」に中性子をぶつけて,その散乱の様子からガラスの構造を知る方法である。だが,通常の中性子の散乱情報では,たとえば塩化亜鉛の場合,ZnとZn,ZnとCl,ClとClという3つの原子対の情報が(ある意味で)「混ざって」しまって,ガラス構造の詳細は必ずしも明らかにならない。そこで,Salmonらは,同位体を用いて散乱を繰り返すことにより,混ざった情報を「分離」することにした。同じ元素でも,同位体により,中性子の散乱強度は違ってくるからである。この「同位体置換中性子回折法」により,世界で初めて,ガラス構造の中距離と長距離における秩序が発見された。 秩序化には2つの種類がある。トポロジカルな秩序化(図1左)と化学的な秩序化(図1右)である。といっても私には初めての概念だったので,論文を読みながら,少なからず狼狽したが,この論文は実に親切で,「部外者」にもよくわかるように例をあげてくれている。図1左はスカイダイバーたちが大空で手をつないでいる様子である。黒丸が人間だ。この黒丸の「分布関数」がgNN(r)で,トポロジカルな秩序の指標となる。次に図1右はスカイダイバーたちに赤と緑の色がついている状態で,たとえば赤と緑が亜鉛と塩素に相当する。ほとんどの点は赤と緑が交互にきて,同じ色が隣り合わないようになっている。だが,同じ色にならざるをえない点(黒丸)も存在する。ここが仮に赤だとすると,赤の対が生まれ,中距離における化学的な秩序になる。この化学的な秩序がgCC(r)で表わされる。さらに「位置」と「化学」の秩序を表わす指標としてgNC(r)がある。 今回発見されたガラス構造における中距離の秩序が図2である。縦軸が分布関数で横軸が距離になっている。図3はもっと長距離の秩序で,ほぼ60Å(6nm)あたりまでの秩序が見て取れる。 面白いのは,塩化亜鉛がイオン結合,セレン化ゲルマニウムが共有結合であるにもかかわらず,両者の中距離および長距離における秩序化が酷似している点だ。つまり,今回発見された2つの秩序は,ガラス構造に普遍的に見られる性質らしい。 以上,カンタンに内容紹介をさせてもらったが,今後,アモルファス状態の生成の秘密の解明が,急速に進むことを予感させる論文である。(竹内 薫) 出典:「ネットワークガラスにおける中距離および長距離スケールでのトポロジカルな秩序化と化学的な秩序化」(Topological
versus chemical ordering in network glasses at intermediate and extended length
scales),Nature 435,75,2005。。図もすべてこの論文からの引用。 (初出:日経ナノテクノロジー) |
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