ナノテクノロジーとは直接関係がないが,「科学全般」という視点から非常に興味深いニュースを2つばかりとりあげてみたい。
1つはペンタクオークの話題であり,もう1つは宇宙定数の問題である。いや,ニュースというには古すぎるかもしれない。実は,両方とも「Science」誌の2005年4月22日号に掲載されたニュースなのである(ペンタクオークの問題は「Nature」誌のネット版などでもとりあげられた)。
ペンタクオークとは,その名のごとくクオーク「5つ」からなる素粒子のことだ。(カメラ会社のペンタックスとかアメリカ国防総省の通称ペンタゴンなどを思い起こしていただきたい。)
クオークが3つ集まってできる素粒子には陽子や中性子などがあり,クオークと反クオークがくっつくと中間子ができる。中間子は(おおまかに)クオーク2つからなる,といっていいだろう。そこで問題になるのが,「クオーク3つとクオークと反クオークからなる素粒子は存在するのか」である。いわば中性子と中間子がくっついたような素粒子はあるのか? いいかえると,計5つのクオークからなる素粒子は実在するのか?
ペンタクオークの「発見」の原論文(Phys. Rev. Lett. 91, 012002 (2003))は,大阪大学 教授の中野
貴志氏を中心とする大規模な実験グループによるものだった。
その後,世界各国の研究施設からペンタクオーク発見の追試結果が飛び込んでくるようになり,大阪大学の結果は,2003年度の第49回 仁科記念賞の受賞へとつながった。
まさに日本が世界に誇る素粒子物理学の成果で,それこそノーベル賞も期待されたが,今年の4月16日から19日にかけて開催された全米物理学会の席上で衝撃的な反論が公にされた。トーマス・ジェファーソン・国立加速器施設において,これまでの10倍から100倍の実験精度で追試をおこなったところ,ペンタクオークの痕跡がみられなかった,というのである。
ある意味,驚きの事件である。なぜなら,これほど大勢の人間がかかわった実験が,世界各国の追試に耐えて,見事に仁科記念賞の受賞に輝いたのに,2年もたたないうちに「ペンタクオークは存在しない」という否定的な証拠を突きつけられたからだ。
誤解のないように強調しておくが,ペンタクオークの問題には,現時点で決着は着いていない。ジェファーソン研究所では,2006年にさらなる実験を行なう予定らしい。
さて,もう1つは宇宙論の問題だ。2003年のWMAPと呼ばれる高精度の天文観測により,現代宇宙論は完全に精密科学の仲間入りを果たした。10年ほど前までは宇宙を構成するさまざまな物理量は精密測定というレベルからはほど遠かった。宇宙をつくっている物質やエネルギーの組成も確定していなかったし,宇宙の年齢や膨張速度などもおおまかな値しか判明していなかった。ところが,ここ数年の宇宙論の観測面での進展は凄まじく,今では,たとえば宇宙をつくっている全エネルギーの73%が「暗黒エネルギー」であり,23%が「暗黒物質」であり,観測にかかる通常物質は,わずか4%にすぎないことがわかっている。
宇宙は加速膨張しているらしく,その原因は,アインシュタインが導入した(そして後に放棄した)「宇宙定数」だと考えられている。宇宙定数は,いわば万有斥力とでもいうべきもので,アインシュタイン方程式ではギリシャ文字のラムダがつかわれることから「ラムダ定数」とも呼ばれることもある。宇宙定数は真空がもつエネルギーである。
宇宙のエネルギーの大半がアインシュタインによって考えられた宇宙定数らしい,というのも驚きだが,今年の3月,フェルミ国立加速器研究所のEdward
Kolbらは,宇宙のエネルギー組成に関する最新の「定説」に真っ向から反論する仮説を発表した。
ここではその詳細には立ち入らないが,Kolbは,われわれの宇宙が加速膨張しているのは,宇宙定数が原因ではなく,(われわれの宇宙より広大な領域に)時空の「さざ波」が存在していて,われわれの宇宙は,たまたま,そのさざ波に乗っているだけだというのだ。
以上の2つの事件は,どちらも,きわめて精密な実験あるいは観測の結果,ほぼ定説として確定したかにみえたにもかかわらず,その結果に真っ向から立ち向かう反論が提出された,という意味で衝撃的であり,だからこそ世界を駆け巡る科学ニュースになっているのだ。
実は,この2つの「事件」,個人的には,1カ月ほど待てば大きな展開があるかと考えていたのだが,そう簡単に決着がつくようにもみえず,ある意味,科学の進展にともなう典型的なパターンのようにも思われ,当然のことながら,今後,ナノテクノロジーの分野でも同様の事件が起こりうるだろうと思われたので,あえてとりあげてみた。
もしかしたら,このような事例は,最近になって事件の展開が早まっただけであり,大昔から(もっとゆっくりしたペースで)繰り返されてきたのかもしれない。ペンタクオークの問題も宇宙定数の可否も今後,どのような決着をみるのか,焦らずに展開を見守ってゆきたい。
(初出:日経ナノテクノロジー)
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