第17回
格子の時空から4次元が飛び出した

 あまりにも興味深い論文を発見してしまったので,今回もナノテクとの関連は薄いが,量子関係の基礎論文について書くこととしたい。

 問題の論文は,J. Ambjorn, J. Jurkiewicz,R. Lollの共著で,「因果的量子重力から4次元世界が出現する」(Emergence of a 4D World from Causal Quantum Gravity)という題名。2004年9月21日付の「Physical Review Letters」誌に掲載された(論文eprint)。

 いきなりだが,この論文に掲載された「4次元宇宙」の図をご覧いただきたい。

 これは宇宙の創世と発展をコンピュータでシミュレートしたものだ。縦軸が時間で,下が過去,上が未来になっている。横軸は空間で,便 宜上2次元になって いるが,シミュレーションは3次元だとお考えあれ。どうやら,大きさゼロからビッグバンによって始まった宇宙は,急激に成長するが,やがて小さくなってし まうようだ。これは,たくさんある可能性のうちの一つということなので,われわれが現実に棲む宇宙である必要はない。

 さて,このシミュレーションの凄い点は,宇宙の次元数が「三つの空間と一つの時間」にきわめて近くなることにある。ええと,こういう ことである。このシ ミュレーションでは,あらかじめ宇宙の巨視的な次元(=拡がり)を空間3次元に限っていないのだ。巨視的な4次元宇宙が「動的」に出現するのがミソなので ある。

 ちょっとわかりにくいですね。Ambjornらのアプローチは,ぶっちゃけた話,時空を小さな「格子」で分割するのである。CGのワ イヤフレームを思い 出していただきたい。人体や車や山の表面がたくさんの三角形に分割されているでしょう。あれと同じだ。ただ,人体や車や山の2次元表面とちがって,時間は 1次元で空間は3次元なので話は多少複雑になる。
 あるいは流体力学や建築などで多用される有限要素法を思い浮かべていただいてもいい。時空を有限の要素(=三角形,三角錐)に分割して,隣り合う要素同 士の力学を計算するのである。量子重力のシミュレーションでは,三角錐の大きさは,だいたいプランク長さ(10のマイナス33乗センチメートル)程度だ。

 さて,古典力学と量子力学のちがいは,「量子力学ではあらゆる可能性について足す」という点にある。たとえば古典粒子を量子化するに は,その粒子が辿る であろう全ての経路の可能性について足す(=積分する)。だから「経路積分」という名がついている。量子重力の場合は,三角錐同士のあらゆる「つながり」 の可能性について足すことになる。

 三角錐は元々3次元の拡がりをもつのだから,それをどんな方法でつなげても3次元のままのように思われる。ところがどっこい,あらゆ るつながりの可能性について足すと,時空は(4次元ではなく)2次元か無限次元になってしまうのである!

 ここら辺はポリマーの力学のイメージで考えていただくとわかりやすいかもしれない。三角錐は「空間の分子」の役割を担っている。一般 的な傾向として,三 角錐の集合は,凝集して縮んでしまうか,ツリー状に枝分かれしてどんどん拡がるかのどちからなのである。このいずれも,巨視的には,3次元の空間にならな い。

 なにが悪かったのか?今回,Ambjornらは,単なる格子重力ではなく,二つの余分な前提をつけくわえてみた。

前提1 各々の三角錐の中では特殊相対論がなりたつ(=情報が光速より速く伝わらない)
前提2 三角錐同士のつながり方は因果律を破らないものに限られる(=原因と結果が逆にならない)

 考えてみれば,われわれの棲んでいる時空では,局所的には特殊相対論がなりたっているわけだし,大局的な因果律も護られている。だか ら,この2つの前提 は,物理学的に,もっともらしく思われる。実際,格子量子重力にこの2つの前提を付け加えてシミュレーションを行なってみると,三角錐の塊は一点に凝集せ ず,また,無限次元の拡がりへと枝分かれもしないで,「ほどよい拡がり」に留まるのである。

 これまで,たとえば超ひも理論では,10次元または11次元という常識離れの時空が出現していたが,今回のAmbjornらの結果 は,「量子重力理論において,初めて,巨視的な4次元時空が動的(dynamic)に生成された」という意味で,画期的だといえよう。

 もっとも,考えようによっては,これまで,誰も(われわれが実際に棲んでいる)4次元宇宙をつくることができなかったことのほうが驚 きかもしれないが――。

(初出:日経ナノテクノロジー)


【図】4次元宇宙



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