第15回
毒性のフラーレンと無毒のフラーレン

 ナノ技術の応用が増えるにしたがって問題となるのが環境,特に人体への影響だ。アメリカのRice大学 教授のV.L. Colvin氏のチームは,2004 年9月11日付でオンラインで先行発表された論文において,C60の細胞毒性を(生体内ではなく実験室内で)確認し,また,その毒性を除去する方法も提案 した(Sayes C. M. et al. The differential cytotoxity of water-soluble fullerenes. Nano Lett. online publication September 11(2004))

 Colvin氏らは,通常のフラーレンC60が水に溶けて集合体となったもののほかに,C3,Na+2-3[C60O7-9(OH) 12-15](2- 3)-,C60(OH)24の3種類の化合物による人体細胞への影響を考察した。人体細胞としては皮膚の繊維芽細胞と肝臓の癌細胞が用いられた。

 各溶液に2種類の人体細胞を48時間浸した結果,もっとも水に溶けにくい通常のフラーレンC60の場合,濃度20ppbで細胞致死率 が50%に達した。 それに対して,水酸基のついたC60(OH)24は,通常のフラーレンよりもはるかに水に溶けやすいのだが,濃度500万ppbでも致死率が50%に達せ ず,事実上,細胞毒性はないことがわかった。他の2種類のフラーレン化合物は,通常のフラーレンとC60(OH)24の中間の毒性を示したが,いずれも通 常のフラーレンと比べると大幅な毒性の緩和がみられた。

 Colvin氏らは,細胞を使わずに,通常のフラーレンとC60(OH)24を水に溶かした結果,通常のフラーレンではスーパーオキ シド・アニオンが生 成されるのに対して,C60(OH)24では生成されないことに注目。フラーレンが水に溶けたときに生まれる酸素ラジカルが細胞膜(脂質)を破壊するのが 細胞死の原因ではないかと推測している。

 今回の結果からは,二つの将来的な応用が開けると思われる。一つ目は,フラーレンの毒性を強めることによって癌治療または殺菌に役立 てること。二つ目 は,たとえば産業廃棄物や副産物に含まれるフラーレンの毒性を緩和すること。医学治療,表面のコーティングや燃料電池など,フラーレンの応用は,増え続け るにちがいない。フラーレンの毒性をコントロールすることは,今後,ますます重要な課題となってくることだろう。

注:原論文はAmerican Chemical Slocietyのサイトから購入可能。また,NatureのサイトのPhilip Ballによる紹介記事も参照のこと。

(初出:日経ナノテクノロジー)



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