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2004年度のノーベル物理学賞がスウェーデンの王立協会から発表された。最近では審査を行なった委員会の責任者がインターネットの動画で経過説明をしていたりする。ノーベル賞も様変わりしたもの
だ。
日本は,世界でもノーベル賞の「価値」が異常に高いことで有名だが,それでも,昨今は,マスコミも国民もこぞってノーベル賞受賞者を 「田中さん」と「さ ん付け」で呼び始め,ノーベル賞も「雲の上の世界」とはみなされなくなりつつある。とはいえ,ノーベル賞は科学者の夢であり,受賞の歴史を眺めるだけで科 学史の教科書が書けることも事実だ。 残念ながら,今年度は日本人の受賞はならなかったが,ある意味「地味」で狭い専門分野に特化した受賞内容だったように思うので,科学 ライターの立場から,専門外の方々にカンタンな解説をしてみたい。 まず,物理学賞を受賞した3人は,いずれもアメリカの大学に所属する理論物理学者である。 ・David J. Gross=カリフォルニア大学サンタ・バーバラ校教授 Wilczekは,頻繁にNature誌のニューズ・アンド・ヴューズ欄の解説記事を書いたりしており,専門外の人にも名前が知られ
ているかもしれない。 ・ D. J. Gross and F. Wilczek, "Ultraviolet Behavior of
Non-Abelian Gauge Theories", Phys. Rev. Letters 30 1343 (1973) の2篇であり, ・ D. J. Gross and F. Wilczek, "Asymptotically Free Gauge
Theories. I", Phys. Rev. D8 3633 (1973) が詳しい解説になっている。 1973年といえば,30年以上も前であり,現在では,どんな素粒子論(高エネルギー物理学)の教科書を開いても「漸近的自由性」の 話が載っている。ある意味,遅すぎた受賞といえよう。 当時,プリンストン大学のGrossのグループとハーヴァード大学のSidney
Colemanのグループが研究の凌ぎを削っており,WliczekはGrossの大学院生であり,PolitzerはColemanの大学院生であっ
た。 もちろん,例外はあるだろうが,今回の受賞論文を見ると,WilczekもPolitzerも若い大学院時代の論文であることが興味 深い。また, Grossは自分の大学院生との共同論文にしているのに対して,Colemanは大学院生であったPolitzerの単独名で論文を書かせている点が興味 深い。大御所であるColemanが受賞に洩れたのは,もしかしたら,当時,「漸近的自由性」の研究成果にさほど重きを置いていなかったからだろうか。 さて,人間模様の詮索はほどほどにして,物理学的な解説に移るとしよう。 まず,「強い相互作用」であるが,原子核や中間子などを構成している「クオーク」を結びつけている「グルーオン」(=「糊粒子」)の ふるまいを指す。早 い話が原子核の内部構造をあつかう学問分野である。「量子色力学」(quantum chromodynamics)という名前がついていて,QCDと略記することも多い。 「色」には青と緑と赤の3色があって「色電荷」と呼ばれている。グルーオンとクオークとは色電荷に応じて相互作用をする。もちろん,実 際にクオークやグ ルーオンに色がついているわけではなく,比喩的な命名法だが,原子核をつくっている陽子や中性子などは,青と緑と赤の3色が合わさって「無色」になってい て,色の3原色とのアナロジーがなりたつ。(陽子や中性子はクオーク3つ,中間子はクオーク2つからなる。中間子も「無色」だが,それは,たとえば赤と赤 の「補色」が合わさって色が消えるのだと考える) 現在では,陽子や中性子は,より基本的な素粒子であるクオークとグルーオンからできていると考えられていて,さまざまな実験によって 確かめられている が,クオークを単体で取り出して見ることはできない。なぜかというと,強い相互作用は「ゴムひも」のようなふるまいを示すため,クオーク同士を遠くに引き 離そうとするとゴムの力が強くなって「引っ張り返されて」しまうからだ。強い相互作用は,ひな型である「電磁相互作用」と似ているが,その力のふるまい は,クーロン型ではなく,ゴムひも型なのだ。 強い相互作用の研究上の障害は,(電荷をもたない光子とちがって,)グルーオンは自らが色電荷をもっているため,グルーオン同士も相 互作用してしまう点 だった(光子同士は相互作用しないから,われわれは,物体で反射した光をそのまま見ることができる。もしも光子同士が相互作用してしまったら,われわれの 目には,光子同士がぶつかって,スクランブルされた情報しか到達しないから,目で見て世界を観察することは無意味になる!)。グルーオンが,クオークだけ でなく,グルーオン同士で相互作用してしまうという性質は,事態を複雑にし,実験的な検証を妨げていた。 GrossとWilczekとPolitzerが発見した「漸近的自由性」は,「クオーク同士が近づくにつれて,相互作用が弱くなっ
て,自由にふるまうようになる」という意味だ。 ・クオーク=ゴムひもの両端にくっついている という情況において,クオーク同士が近づいたら,ゴムひもによる束縛から自由になって動き回れる,ということを意味する。 だが,エネルギーが高くなるにつれて,色電荷が弱まって,ふつうの電荷が強まるのであれば,徐々に開きは狭まって,あるエネルギー
で,電磁相互作用の電荷の強さと色電荷の強さが「同じ」レベルになるだろう。 このような観点から見るのであれば,今年度のノーベル物理学賞の研究成果は,「現代的な統一理論への端緒を開いた」ものだと位置づけ られるであろう。 最後に一言。 ノーベル賞の公式サイトの解説を 読んでいると,日本の南部陽一郎の研究に関する記述が目を引く。そこには,「南部の理論には,正しい理論に関する詳細が漏れなく含まれていたが,おそら く,時期尚早であり,当時は人々の関心が他の所にあったのだと思われる」(Nambu's field theory had all the relevant details of the correct theory, but it was perhaps too early and the focus was on other problems at the time. )とある。 南部陽一郎は,超伝導からヒントを得た「真空の自発的対称性の破れ」を提唱したことでも有名だが,数々の業績にもかかわらず,いまだ にノーベル賞を受賞 していない。物理学の歴史を振り返ってみるならば,このような事例は多く,あらためて,ノーベル賞とは何なのか,考えさせられる。 ともあれ,物理学と科学のさらなる発展を祈り,今年度の受賞者たちに心から「おめでろう」と言いたい。「漸近的自由性」は,ナノテク
科学との直接の関連
が薄い研究分野だといわざるをえないが,ノーベル賞は一年に一度の科学の祭典であることに変わりはないので,とりあえず異分野の読者を念頭に解説を書いて
みた。 |
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