第10回「ナノテクと『温度』の煮え切らない関係?」

※(日経ナノテクノロジー連載記事より)

 英科学ジャーナル「ネイチャー」誌のオンライン版で紹介されて話題になったのが「ナノスケールにおける温度の存在」(Existence of Temperature on the Nanoscale)という論文だ。

 独シュトゥットガルト大学のM. Hartmann、G. Mahlerと英サリー大学のO. Hessが、「フィジカル・レヴュー・レターズ」誌に発表した。(Phys. Rev. Lett. 93, 080402 (2004)、 eprintも入手可能)


サリー大学O. Hess教授

 論文自体は基礎理論に関するものであり、数学が込み入っており、論文の中で使われている数式の証明は、同じ著者たちによる別の数理物理の論文に載っているようなありさまで、議論の詳細を追うのは正直いって大変だ。
 
 だが、論文の基礎になっている考え方は、いたって簡単だ。両隣とだけ相互作用する粒子の鎖を考える。その鎖を粒子数n個の組に分ける。鎖全体は温度Tの平衡状態にあるとする。このとき、各組のそれぞれも同じ温度Tをもつための条件を計算するのである。ようするに粒子をバネでつないで連続近似をとるわけだ。すると、意外なことに、量子的な情況では、組になっている粒子数nの最低値が、温度Tの3乗に反比例するという結果がでた。


(出典:Fundamentalsof Nano-Thermodynamics Ontheminimal lengthscales, where temperature exists M. Hartmann, G. MahlerandO. Hess)

 粒子数nにバネの長さをかけると組の長さになるので、この結果は、「それ以下では温度という概念が意味をなさなくなるような最短の長さが存在する」ということを意味する。

 話が見えにくいので具体的な数値をあげてみると、

   熱い鉄=50マイクロメートル
   室温の炭素=10マイクロメートル
   絶対温度1Kのシリコン=10センチメートル

 といった具合になる。この長さ以下になると温度が意味をなさない、いいかえると、温度の「ゆらぎ」が大きくなって、いくら時間がたっても平衡状態にならない可能性があるというのだ。熱い点と冷たい点が斑(まだら)になって存在してしまうのである。

 この理論予測が実際にナノテク・デバイスに当てはまるのか、まだ、実験的に確かめられていないようだが、デバイスが小さくなるにしたがって、温度の大きなゆらぎが問題となる可能性は多いにある。

 実際、O. Hessはネイチャー誌に対して「すべては量子力学の不確定性原理に起因する」と述べている。ナノテク・デバイスが量子の領域にあることは確かなのだから、今こそ、ナノテクレベルの温度ゆらぎについての実験研究が求められている。



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