第7回「秋の夜長の科学話」


 いつも床の上に寝ころんで科学雑誌を眺めるのが癖だ。

 ネイチャー誌の最新号(2004年9月30日号)をペラペラとめくっていたら、いくつか「難しい」解説と論文が載っていた。秋の夜長で外は雨だ。ボーッとしているせいか、いくら読んでも意味がアタマに入ってこない。

 まずは、素粒子加速器を卓上型にする、という話。そういえば、以前、「卓上ブラックホール」の話を読んで拍手喝采した憶えがある。(精確には「卓上型・事象の地平線」――つまり光を静止させる実験。)今回は、高エネルギー物理学の実験に使われる加速器を小型化する実験だ。
 原理は、なんとなく理解できる。サーファーたちが海の波に乗って加速するがごとく、電子たちがプラズマの波に乗って加速するのである。

 で、もうすぐ稼働予定の世界最大の素粒子加速器は、ヨーロッパ素粒子研究所の円周27kmの大型ハドロン衝突器という代物なのだが、大きすぎて困るので、将来的には物理学者の研究室の机の上、つまり卓上型にしたい、ということらしい。値段も現状の数千億円から数千円まで下げれば、それこそ、中学生の理科の実験にも使えるゾ・・・というのは、悪ノリの冗談だが、同じ性能で、それなりの小型化とコストダウンを図ることができるのであれば、科学の発展にとってもいいニュースだといえよう。

 次に読み始めたのが「最近共通祖先」の解説と論文。全人類に共通の一人の祖先は、たった二千年前に生きていた? なんだ、コレ。全人類の共通の祖先といえば、何十万年も前にアフリカに存在したといわれる「ミトコンドリア・イヴ」で決まりじゃないのか。それが、どうして、アリストテレスの時代まで若返っちゃうんだよ。
 もっとわからないのは、古代ギリシャよりもさらに千万ばかしさかのぼると、当時の人口の8割は、現在の全人類の共通の祖先たちだったという説明だ。つまり、タイムマシンに乗って古代エジプトの街に行って、誰でもいいから住人に話かければ、そいつは、ほぼ確実にオレのご先祖ということになる。

 本当なのか。

 うーむ、相変わらずボーッとしたアタマで考えてみたら、少し事情が呑み込めてきた。このニュースは、遺伝子とかミトコンドリアといったレベルの話ではなく、単なる「系図」レベルの祖先が問題になっているらしい。オレとあなたは赤の他人だが、数世代も遡れば、三河で漁師をやっていた甚兵衛さんという共通の祖先がみつかるにちがいない。オレとあなたと赤川次郎さんの共通の祖先のお澄(すみ)さんは江戸時代中期くらいの町人だろう。そうやって、地球の全人類に共通する(系図上の)一人の祖先までさかのぼるのには、せいぜい、古代ギリシャの時代まで調べればいいという計算になる。

 この「最近共通祖先」は、数学でいうところの「最大公約数」に似ている。

 さて、その最近共通祖先には二人の両親がいて、四人の祖父母がいて、八人の曽祖父母がいて・・・時間をさかのぼるにつれて、どんどん祖先の数は増えるから、古代エジプトの時代の地球の人口の八割くらいは、現代人全体の共通祖先だったことになる! これは、数学でいうところの「最小公倍数」といったところか?
 ちなみに、残りの2割の人たちは、系図上、子孫が絶えてしまったのだという。
 うーん、タイムマシンで過去に戻って父親を殺すと自分の存在が危うくなるというSFがあるけれど、古代エジプトに行って、襲いかかってきた暴漢を射殺したら、80%の確率で自分が消えるのだろうか。うーむ。 


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