第4回「古くて新しい科学の話 摩擦最前線」

※「日経ナノテクロノジー」コラムより

 今から200年以上も前に、CoulombとAmontonsが、滑り始める前は静止摩擦係数が支配し、滑り始めた後は動摩擦係数に切り替わることを発見した。もちろん、静止摩擦係数のほうが動摩擦係数よりも大きいことは、誰でも学校の科学の時間に教わる。

 英科学ジャーナル『ネイチャー』誌の8月26日号に「剥離前線と動摩擦の開始」(Detachment fronts and the onset of dynamic friction)という論文が掲載された。ヘブライ大学ラカー(Racah)物理学研究所(http://www.fiz.huji.ac.il/)の S. M. Rubinstein、G. Cohen、J. Finebergの3人は、ある意味、高校生でもできるような素朴な実験を行なった。彼らは、2個のアクリル製のブロックを重ねて、滑らせて、摩擦のようすを観察したのである。(アクリル=PMMA=polymethyl-methacrylate)

 界面は、マクロの視点からすれば滑らかでも、無論、原子レベルから見れば凸凹になっている。静止摩擦から動摩擦への移行は、だから、「ミクロの接触」(micro-contacts)面積が減少することによって生じる。それでは、なぜ、ミクロの接触面積が減少するのかといえば、接触している界面同士が「剥離」するからである。

 Rubinsteinらの実験が高校生には難しい理由は、その精緻な観測技術にある。まず、透明なアクリルを使うことにより、彼らは、実際に接触面をレーザー光で「見る」ことができた。平面状のレーザーは、界面を下から照射するのだが、上に載っているブロックがピッタリと接触しているときだけ、上のブロックへと進入する。界面が剥離していると、レーザー光は、下の界面で全反射してしまう。すなわち、実験装置の上にあるカメラが下から来るレーザー光を捕えたとき、そのレーザー光は、接触面を通ってきたことになる。
 この技法で高速撮影(毎秒25万フレーム)を行なうことにより、Rubinsteinらは、摩擦面の剥離現象をリアルタイムで可視化することに成功した。

 さて、肝心の結果であるが、これまで誰も気づかなかった「遅い剥離前線」があることが判明した。これまで、界面の剥離は、ブロックを押す尻側から始まり、亜音速と遷音速で頭側に伝わることが知られていた。ところが、今回の実験では、この2種類の剥離前線のほかに、第3の遅い剥離前線が存在することが明らかになったのである。おまけに、界面の接触が減少する際には、この第3の剥離前線がいちばん大きな役割を果たしていることも判明した。(この実験では、遅い剥離前線による接触面の減少は20%前後だったのに対して、亜音速の剥離前線による減少は10%くらいで、遷音速の剥離前線にいたっては、無視できる程度でしかなかった。)

 実際には、ブロックを動かし始めると、まずは亜音速の剥離前線が生じ、やがて、それがレイリー速度(PMMAの場合は935m/s)に達し、そこで消えて、より速い遷音速とレイリー速度より一桁も遅い剥離前線へと分岐移行するようだ。また、ブロックの頭側からの剥離前線のリバウンドなどもあり、摩擦という現象の複雑さを思い知らされる。

 今回の「遅い剥離前線」の発見は、地震学、摩擦学、破壊学、材料科学など、実に幅広い、学際的な影響を及ぼすように思われる。
 
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 うーん、ちょっと真面目な論文紹介になってしまったか。
 図版がないと意味不明なので、できれば、ネイチャーのpdfをダウンロードして図を見てください。
 ネタはいろいろあるので、次回は、もうちょいがんばってみます。

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