「漂流密室」取材記 2000年3月21日


■屋久島MAP
(白谷雲水峡案内より)

21日(水) 最終回

最後までお騒がせ、の回

生活に余裕があれば、一週間ほど滞在したかったが、どんどん書かないと生活できない身の上なので、これが限界。
世界一周してお釣りがくる大作家とはちがうので、基本的に取材は自腹だし、ふつうの家庭のエンゲル係数なみに印税に食い込む。涙ぐましい努力をしているわりには、現実は厳しく、amazon.co.jpにゃ、滅茶苦茶、悪口が書かれていたりするんだよ。まったく。

最近、気になるのは、売れている作家が、よく口にする言葉だ。
「手抜きですみません、あはは」
とか、
「一週間でパーっと書いちゃった」
とか。

文章の密度というものがあるらしく、適当に手を抜いた奴のほうが売れる。
わかっちゃいるものの、どうしても密度が濃くなってしまう。
味が濃いのとまずいのとは、ちがうと思うが、糞も味噌もいっしょくたにされる時代だから、オレなんか、いつも墜落寸前だよ。けっ。

味の差がわかる読者のみなさま、こんなオレを支えてくれて、ありがとう。
思わず涙が出るよ。

と、関係ないところへ話が飛んだ。

最終日は、朝食を回避して、9時までゆっくり寝た。
10時にチェックアウト。

車に乗って5メートル走って異変に気がつく。
平らなタイヤ。英語でflat tire。日本語でパンク。



自分でタイヤを交換しようとしたが、ジャッキをまわす器具がないではないか!
まったくもってけしからん!
早速、まつばんだレンタカーに電話する。
「あのねー、パンクしちゃったんだけど、器具がないんだよねー、まったく」
「すぐにいきます」
「おう、たのむぜ」

五分後に、車の世話をしてくれた兄さんがやってきた。
颯爽と登場。
「あんた、大吉の生まれ変わりか?」
「は? 大吉さんというのは?」
「いや、こっちの話だ」
と、はや、漫才になりかかりながら、タイヤ交換を見守る。

あれ?
なんと、兄さん、「?」マークみたいな器具をレンチ(?)と「くの字」に組み合わせて、くるくる回しはじめたぞよ。
器具は足りないのではなかった。
オレの思案が足りなかったのだ。
猿か、オレは。

「どんなお仕事をなさっているのですか?」
「はっはっは、たいした仕事ではないんですよ」
「台湾坊主がやってきそうですね」
「台湾坊主?」

兄さんと雑談しながら、素性がバレないように気をつける。
なにしろ、ふたつの工具を組み合わせることも知らなかったのだから、とてもじゃないが、理系ミステリ作家なんていえないぜ。

パンクがなおって、昼飯を食いに出る。
安房港の中華料理店でメニューを見る。
いろいろ注文するが、なにもない。

「あのう、ようするに、なにができるの?」
「ちゃんぽん」
「わかった、それくれ」

近所の人がちらほらと食べに来るが、みんな、ちゃんぽんを注文している。
ようするに、昼はちゃんぽんしかないのだ。
それならそうと、最初からいってくれればいいのに。(笑)

適当に写真を撮りながら屋久島空港へ。





かなり早く着いて、搭乗手続きをした。
やがて、鹿児島空港からYS11がやってきた。



乗客たちがみんな降りて、そろそろかな、と思って待っていたが、待てど暮らせど案内がない。
へんだなー。
のろまめ。
早くしやがれってんだ。
ぐずぐずするなよ。
まったく。
頭の吹き出しに文句が渦巻く。

あれ?
空港の係員たちが、なにやら叫んで走り回っておる。
「竹内様ー、鹿児島便にご搭乗予定の竹内様ー、いらっしゃいませんかー」
「あー、僕ですけど」
「あー! よかった! どうか、お急ぎ下さい。飛行機が待っております」

???

なんと、オレは、ひとりだけ、搭乗口ではなく、乗客が降りてくる場所に突っ立っていたのだ。
こんなに小さい空港なのに、気づかないとは。
さっきのパンクの件といい、疲労困憊で、判断力が落ちているとしか思えない。

あわてて走って飛行機までいって、タラップを駆け上がる。
「あんた、なにしてたの?」
うわぁ、フライトアテンデントの眼が、そう言っている。
機内に入ると、待たされて怒った乗客の視線が、オレに集中した。
うげー。
これって、よく映画などで観るシーンだよな。
二枚目半の主人公が、バカみたいにひとりだけ、遅れて飛行機に乗ってきて、乗客の茨の視線にブスブス刺されて痛がる・・・。

このオレが!

常に沈着冷静で自称IQ200の理系ミステリ作家ともあろうものが!

ええ、乗客のみなさま、大変、ご迷惑をおかけいたしました。
みーんな、わたくしめのせいでございます。

それにしても、おいてけぼりをくわなくてよかった。

とりあえず、めでたし、めでたし。

それでは、「漂流密室」の本編にてお会いしましょう!

(屋久島紀行 完)


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