猫はカガクに恋をする?

 猫好き科学作家が贈る カガクと恋愛の新感覚ファンタジー


解説

●第四章

・地球が太陽の周りを回っている
 いわゆる太陽中心説は、古代ギリシャでも唱えられていましたし、ニコラウス・コペルニクスも主張していました。

 また、ガリレオより一世代年上のジョルダーノ・ブルーノは、太陽中心説どころか、宇宙は無限に大きく、地球以外にもたくさんの(今で言う太陽系外)惑星が存在すると考えており、現代宇宙論の思想に肉薄していました。しかし、ブルーノは、異端審問で有罪となり、火あぶりの刑に処せられてしまいました。(ブルーノは、ガリレオと同じく、ヨハネパウロ二世により名誉が回復されました。)

 歴史的な意味合いはともかく、現代の天文学・物理学の立場からは、たとえば、2つの天体があったときに、「どちらがどちらの周りを回っているか」を問うことに意味はありません。たとえば、太陽と地球の二天体だけが問題であるのならば、2つの天体が「お互いの重心の周りを回っている」だけだからです。

 これは、あたかも、お父さんが子供と両手をつないで、ぐるぐる回りあっているような状態です。お父さんは重いので、あまり動かないように見え、われわれは子供のほうがお父さんの周りを回っている、と考えますが、実際には、お父さんも子供に引っ張られて揺れています。お父さんと子供の重さの中心(=重心)の周りを二人で回っているのです。

 しかし、天体の数が増えてくると、事情が変わってきます。太陽系の場合、太陽のほかに大きな天体が8個(水金地火木土天海)ありますが、太陽を中心にして、残りの8個がその周囲を回っている、と考えたほうが単純でわかりやすいのです。しかし、無理をして、地球からの視点で他の8個の天体の運動を論じても、もちろんかまいません。(x軸とy軸のあるグラフの上に天体の運動を描くのであれば、太陽を原点にもってきたほうが、地球を原点にもってくるよりも図が簡単だ、ということです。)

・科学史博物館
 フィレンツェに実在する博物館で、ガリレオの指が展示されている部屋も本文どおりですが、もちろん、本文の方法で忍び込んでガリレオの指を盗もう、などとは、ゆめゆめ考えてないでください。(えーと、実際には警備は厳重ですし、窓から忍び込むこともできませんし、あたり一帯を停電させるのも無理です!)

・ガリレオの指
「ガリレオの右手の中指 この指は、1737年3月12日、ガリレオの亡骸がフィレンツェのサンタ・クローチェ教会の本堂へ移された際に、遺体から切り取られた。現在は、同じフィレンツェの科学史博物館にある」(『ガリレオの指』ピーター・アトキンス著、斉藤隆央訳、早川書房、の冒頭より)

 つまり、現在、残っているのはガリレオの右手の中指であり、また、ガリレオの遺言は存在していません。ということは、本文中の泥棒事件は、「ガリレオの指」の出版後ということになります!

・ピサの斜塔の実験
 さらに詳しく知りたい読者のために少しだけ数式を使って補足しておきましょう。

 現代風にいえば、羽根の質量をm、地球の重さをMとすると、ニュートンの万有引力の公式から、地球と羽根の間にはたらく力Fは「m×Mに比例する」ことがわかっています。ニュートンの運動の法則といわれるF=m×a(aは加速度)に、地球と羽根の間にはたらく力F(m×Mに比例)を代入すると、左辺のm×Mと右辺のm×aで、mが打ち消し合います。つまり、羽根が地球に落ちる加速度は、羽根の質量mには関係しないのです。

 加速度がわかれば、それから速度が計算でき、さらに落下距離も計算できます。落下距離をxとすると、x=1/2×gt^2という(高等学校で教わる)公式が導かれるのです。ここでgは重力加速度と呼ばれる定数で、tは時間をあらわします。この落下の公式に、落下する物体(羽根)の質量mは入っていません!

 つまり、空気抵抗を無視すれば、地球に落下する物体の質量に関係なく、あらゆる物体は同じ時間で同じ距離だけ落ちるのです。
 たしかに月の表面のように真空に近い状態であれば、この事実に気づくのは簡単でしょう。でも、空気抵抗が邪魔をする地上で、このような理想状態における物理法則に気づくところが、ガリレオの天才性を如実にあらわしているのです。

・ガリレオ・ガリレイ(Galileo Galilei)ユリウス暦一五六四年〜グレゴリオ暦一六四二年
 イタリアにおける物理学者、天文学者にして哲学者という、マルチ人間でした。特に天文学には力を注ぎ、天文学の父とも称されています。「科学」という分野を切り開いた先駆者とも言うべき人物です。業績はあまりにも多く、ここに全てを書くのはとても無理です。ただ、ピサの斜塔から大小二つの球を落として実験を行った、というのは、弟子のヴィンツェオ・ヴィヴァーニの創り話だというのが通説です。

 実際にガリレオが行なったのは、斜めの板の上で玉を転がす実験でした。なんだ、玉転がしか、と侮るなかれ。実は、アポロ15号のデビッド・スコット飛行士は、月面でガリレオの実験を実演してみせ、世界中の話題となりました。ガリレオが発見したのは、

「空気抵抗がなければ、同じ高さから落としたハンマーと羽根は同時に着地する」

 ということだったのです。

 常識では、重いほうが早く着地しそうですが、そんなことはありません。

 ガリレオは、こういった力学の研究だけでなく、早くから望遠鏡を活用し、太陽や月、金星や木星などの観測を行いました。木星の衛星、イオ、エウロパ、ガニメデ、カリストは、ガリレオが発見したため「ガリレオ衛星」と呼ばれています。

 しかし、その天文学への情熱と知識が、不幸にもガリレオを異端審問の裁判に引きずり出すことになってしまいました。一回目の裁判は、どうやら形式的なもので、ガリレオの友人であったロベルト・ベラルミーノ枢機卿が裁判長でした。当然のことながら、結果は無罪でしたが、ベラルミーノ枢機卿は友人として、ガリレオに気をつけるよう注意しています。

 ガリレオは、後々のことを考え、自分が有罪でなかったことを証明する書状をベラルミーノ枢機卿にしたためてもらいました。

 第二回目の裁判は、政治的に窮地に陥ったローマ法王ウルバヌス八世が、自分が太陽中心説に与していないことを世間に知らしめるために、ガリレオを人身御供(ひとみごくう)にした、というのが真相でしょう。ウルバヌス八世もガリレオの親友でしたら、法王となってから、人格が豹変した、といわれています。自らの保身のために、敵対するトスカーナ大公の庇護下にあるガリレオを「切った」のです。したがって、ガリレオが提出した第一回裁判の無罪の証書も無視されてしまいました。

 ガリレオ裁判は、よくいわれるような、宗教と科学の戦い、というような単純な構図ではなかったのです。

 ガリレオは、敬虔なカトリック教徒でしたが、正式な結婚はしていません。妻のマリア・ガンバとは、家柄が違い過ぎたためです。それでも、二女一男をもうけました。敬虔なカトリック信者だったからこそ、教会の権威を拒絶し、宗教と科学を切り離すという難行ができたのかもしれません。
 なお、本文中に出てきたガリレオの「右手」の中指は、フォレンツェの科学史博物館にきちんと保管されています。

 一五六四年 イタリア・トスカーナ大公国領のピサ郊外に生まれる

 一五八一年 ピサ大学に入学するが、八五年には退学。この時は、医学専攻だった

 一五八六年 最初の科学論文「小天秤」発表

 一五八九年 ピサ大学の数学講師(教授という説もあり)となる。この契約は三年間。

 一五九二年 ヴェネツィア共和国のパドヴァ大学の教授に就任。これは六年契約だった。

 一五九九年 パドヴァ大学に再就職 この頃、マリア・ガンバと結婚

 一六〇一年 大学の休暇中には、トスカーナ大公フェルディナンド一世の息子、コジモ二世の家庭教師となる

 一六〇八年 トスカーナ大公フェルディナンド一世が死去。ガリレオが家庭教師をしていたコジモ二世がトスカーナ大公となる。この頃オランダで、望遠鏡が発明される

 一六〇九年 オランダの望遠鏡の噂を聞いて、自ら望遠鏡を作り、天体観測を行なうようになる

 一六一〇年 木星の衛星を発見し、この星を「メディチ家(トスカーナ大公)の星」と名付け、「星界の報告」出版。この辺りから、地動説について言及するようになってゆく。ピサ大学教授兼トスカーナ大公付き哲学者に任命され、フィレンツェに戻る

 一六一三年 「太陽黒点論」刊行

 一六一五年 地動説をめぐって、ドミニコ会修道士ロリーニと論争

 一六一六年 第一回異端審問 ローマ教皇庁から、地動説を唱えることのないよう、注意を受ける

 一六三一年 娘達が入っているアルチェトリ(フィレンツェ郊外)の修道院の脇の別荘に居を移す

 一六三二年 フィレンツェにて「天文対話」刊行 ローマへの出頭を命じられ、ローマへ。

 一六三三年 第二回異端審問 有罪判決を受け、終身刑となるが、すぐにトスカーナ大公国ローマ大使館での軟禁に減刑される。その後、シエナのピッコロミーニ大司教の家に身柄を移され、アルチェトリの別荘へ戻ることを許されるが、フィレンツェ中心街に近づくことは禁じられた。

 一六三七年 片目失明。翌年には両眼の視力を失う。それ以降、弟子と息子ヴィンツェンツィオが口述筆記を行うことになる

 一六三八年 オランダにて「新科学対話」刊行。この本は、弟子のエヴァンジェリスタ・トリチェリが口述筆記を行った。

 一六四二年 一月八日 没

・参考URL
フィレンツェの科学史博物館
http://galileo.imss.firenze.it/index.html
博物館の中のガリレオの部屋
http://brunelleschi.imss.fi.it/museum/esim.asp?c=500143
アポロ15号の実験(羽根とハンマーが月面で同時に落ちる)
http://nssdc.gsfc.nasa.gov/planetary/lunar/apollo_15_feather_drop.html


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