Making of the Terror at Terra
6 資料集め
「版形」じゃなくて「判形」らしいですな。いや、「判型」かもしれん。ようわからんようになったよう。
夏目漱石なども能力じゃなくて脳力と書いていたりするし、ま、むかしは鷹揚(おうよう)にかまえておったものじゃ。小学校の漢字のテストで「円い」と書いて×になったことがあるが、「丸い」は正しくて「円い」はまちがいというのも変だよなぁ。
ええと、資料集めをどうするかである。
いきなり書き始めることができる人もいるらしいが、ちゃんと下調べをしてから書き始める奴もいる。僕は、人ではなくて、奴のほうに属する。
科学的なものは、特に数学とか物理とかは、ウチに大量の資料があるし、インターネットで論文など検索すれば、手に入る。科学書のときも同じだが、たとえば、物理の最新論文が見たければ、
http://jp.arXiv.org/
で探せばいい。最近では、物理学者向けの物理学者のレクチャーなども音声とトランスペアランシー(透過原稿)がダウンロードできたりする。バーチャル大学ってとこか。オレみたいにアカデミズムを追放された人間も盗み見ができてうれしい。
ミステリーの場合は、場面設定などに関係した資料を集めることになる。歴史の話を書いたりするときは、かなり、神経をつかう。
案外とつかわないのが図書館。なぜかといえば、最近の図書館には、必要な辞書や歴史書のたぐいもおいてないことが多いからだ。図書館は、人を呼ばないといけない、ということになって以来、堕落した。そして、もの書きが参考資料を探す場所ではなくなった。それが、いいことなのか、悪いことなのか、オレは知らん。
だから、必要な参考文献は、買うことになる。図書館をさがしまわっていても時間の無駄だし、ミステリー小説には〆切があるので、とにかく資料は手に入れないとだめなのだ。僕(オレではなく僕)の場合、紀伊国屋のネットで検索することが多い。あれば、そのまま注文する。だが、版元で品切れのことが多い。おそらく、地味な本なので、売れ残って、財務省が在庫に税金をかけるせいと倉庫代が理由で断裁処分されてしまったにちがいない。哀れ。
次にネットの古本屋関係のサイトで探す。日本中のどこかにはあるだろうから。それで、たいていの場合、神保町の古本屋街のどこかにあることが判明する。
ここまではネットだが、神保町なら、散歩と散髪がてら、東京まで出かけてゆくことが多い。東京ドームホテルを予約して、泊まりがけで古本漁りをすることもある。あの辺、学生街だけあって、安くて旨い洋食屋が多い。カレーやそばや天ぷらもたくさんある。なかでもいいのは喫茶店の数だ。僕は、
「喫茶店密度は文化のバロメーターである」
と考えているのだが、古くて汚くて静かで旨い珈琲を出す喫茶店が滅びずに残っているのを見ると安心するなぁ。
買い込んだ古本をかかえて、珈琲をずずっとすすりながら、オレの脳裏に、なぜか、スヌーピーの「幸せとは」という情景が浮かんだりする。そうなんだよね。幸せって、宝くじで1億円当てることじゃないんだよね。(いや、経験したことがないので、正確にはわからんが。宝くじが当たれば狂喜乱舞すると思うけど、幸せは感じないだろうということじゃよ。お若いのにはわからん心境だろうて。)
資料集めなどといって、結局、趣味の古本漁りやってるだけじゃねえか。
いや、そうですよ。
本が好きだから、こんな商売やってるわけで、図書館にないから、買わなくてはいけ
ないのも、僕にとっては好都合なのだともいえる。外国の古本の場合、やはり、ネットで検索する。経験上、amazon.comの古本検索よりも、
http://www.abebooks.com/
のほうが英語の古本を探すには便利だ。つい最近も、絶版になっていた本を二冊手に入れた。
「CHARADE Peter Stone」
「EMPIRE of the SUN J.G.Ballard」
それで、「漂流密室」の場合、こういう方法でメガフロートの資料なども集まるのだが、肝心の屋久島の資料が集まらなかった。本も絶版のものが多い。世界遺産に指定された直後はにわかに脚光を浴びて、本もたくさん出版されたのが、ほとぼりがさめると、品切れ続出ってパターンらしい。やれやれ。
しかたないので、情景の部分は、あとで取材に行ったときに足さざるをえない。密室殺人なので、中心部分の密室から書けばいいのである。最初から書いていく人もいるのだろうが、僕の場合、全体的に油絵を仕上げるような感じで、書きたいところから書く。文句あっか。
資料集めは、頭の整理とも連動していて、これが完了すると、作品としては半分完成したようなもの。個人的には、ものすごく大切なステップではあります。
ようやくのことで実際の執筆に入る。いったい、どんな環境で「漂流密室」は書かれたのであるか? もちろん、密室において。(失礼をば)
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