ディオニシオスの耳

「汝ダニエルの名において死すべし。」モントリオールの“神の死”が日本で復活する!
■STORY

1989年4月、モントリオール。ゴチック様式の教会の尖塔に刺される形で殺害された日本人留学生、立原まゆみ。事件は、女性を誘拐し避雷針に突き刺すという連続殺人犯ダニエルの犯した猟奇事件ひとつとして処理された。それから10年・・・。

当時の留学生仲間に同窓会を兼ねたライブの招待状が届いた。モントリオールのマッギネス大学には6人の日本人留学生がいた。それぞれが、過去の忌まわしい記憶を払拭してライブ会場に赴いたとき、新たなダニエルの魔の手が迫る。

留学生仲間の森久美子がライブ会場で血を吐いて奇妙な死をとげる。若き大学講師、湯川幸四郎は否応もなく事件の渦中に巻き込まれてゆくが・・・・・・。

科学論で世界を築いた著者がはじめて挑む理系本格ミステリー。



村上陽一郎氏(国際基督教大学教授 科学史・科学哲学) 
物理学基礎理論という、世界でもあまり多くない学問を専攻した著者がミステリーに挑戦するという。しかし、物理学もミステリーも論理の上に構築されるという点では同じ。アシモフの例もある。そう、
著者よ、日本のアシモフたれ。

竹本健治氏
様ざまなジャンルから導入される新たな感覚やパラダイムのぶつかりあいこそが、ミステリーという空間をますます豊饒なものにするだろう。今回の血の聖餐がより不吉で陰惨ならんことを。

藤木稟氏
現代社会の焦燥感と、ヒステリックに暴走する個々のアイデンティティ。運命の糸に絡め取られた人々の心と犯罪が四次元的なジグゾーパズルを組み立てていく。混沌の中から不意に出現するパズルピースの現われ方が絶妙。
 
  
徳間書店  ISBN4-19-850445-8


書評
  
●朝日新聞夕刊 1999年3月15日 エンターテンメント読書 ミステリーコーナーより
  

野崎 六助氏(作家・評論家)
新人といえば、湯川薫、『ディオニシオスの耳』(徳間ノベルズ)。森博嗣の活躍ですっかり定着した感のある理系ミステリーの秀作。物理学徒の留学生仲間の事件が前奏をしめ、10年後の現在にひらかれた同窓会にメーンの惨劇が起こる。それがとんでもない密室のバロック的殺人で、あれよあれよの読みどころがある。キーワードは耳。そして音波。「絶対音感殺人事件」みたいなものと思わせて、ちょっと違う。
  
まあずいぶんにぎやかに詰めこんだ小説だが、そこを魅力に変えてしまうような不思議な付加価値を持つ一編だ。

●活字倶楽部 1999年春号 ブックレビューより

作者・湯川薫はもともと竹内薫の名で科学関連書物の翻訳や執筆活動を行なっていた人物で、東大教養学部、理学部物理学科出身、理学博士号も取得している、インテリ中のインテリである。

本書はそんな彼が初挑戦したミステリー作品なので、読む前は正直なところ、難解な科学用語で埋め尽くされているのではないだろうか?私のような理数系全くダメ人間に最後まで読めるのだろうかといった不安が渦巻いたが、いざ蓋を開けてみると、本格ミステリーならではの謎解明の難しさ(これはおもしろさに通じるものだから必要)はあるものの文体も自然で私のような者でも純粋に楽しめた。どんでん返しが続く
ラストも圧巻だし、探偵役も魅力的である。本格ミステリーファンにはぜひお勧めしたい一冊だ。

その探偵役である湯川幸四郎はモントリオールでの留学を経て現在は大学の非常勤講師である。祖父は天才物理学者(おそらく湯川秀樹その人、あるいはモデルにした人物であろう)で、自らもたぐいまれなる知識の持ち主であるにもかかわらず半プータロー状態である。偉大なる祖父に対するコンプレックスがそうさせるのかどうかはわからないが、彼は科学に自分の全てを捧げることを望んでいない。むしろガチガチの科学者とは対照的にオカルトや心理学、宗教学など様々な方面から物事をとらえるタイプなのだ。一見クールだが実は暖かい、魅力的な彼に今後どんどん活躍して欲しい。シリーズ化をぜひ!(ゆ)

 


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