「百人一首 一千年の冥宮」では、トリックとして銃の安全装置が用いられている。詳しくはネタバレになるため、ここでは述べないが、より「百人一首」を楽しんでいただくために、銃の安全装置について解説させていただきたい。

  そもそも、なぜ安全装置などというものが銃に付いているのだろうか?その理由は読んで字の如く、銃を安全な状態に保っておくためである。武器は、いざというときのために、すぐに使える状態にしておくと同時に、その安全性も確保しておかなければならない。この矛盾した命題を解決するための機構が安全装置なのだ。

  ピストル(ハンドガン)のうち、回転弾装を持つリボルバーは、その機構が単純であるために、一般に安全装置はついていない。安全装置が装備されているのは、オートマティック・ピストルである。オートマティック・ピストルは構造が複雑であるため、発射状態であるかどうかが分かりにくい。そのためセイフティ(安全装置)が装備されているのだ。だが緊急時に用いるためには、すばやくセイフティが解除でき、発射出来なくてはならない。それゆえ、銃器メーカーは扱い易さと確実性を両立させた機構を模索しているのである。

  通常オートマティックにはフレーム部分にレバーが配置され、それを回転させることによって、セイフティのオン、オフを切り替えられる構造になっている。目的はファイアリングピン(弾丸の底を突き、炸薬を発火させる部品)をロックし、作動させないようにすることであり、その状態で引金を引いても弾丸が発射されることはない。つまり、セイフティという独立したスイッチを配置することにより、発射状態と発射不可状態とを、ユーザーに意識させているのである。

  では次に具体的な例として、「百人一首」に登場する、H&K社のP7とグロック社のG17のセイフティについて、それぞれ解説したい。

  まず、H&K社(ヘッケラー&コッホ社:ドイツ)のP7だが、その特徴としては、グリップ前部にセイフティレバーが装備されていることが挙げられる。正確にはコッカーという部品であり、ハンマー(撃鉄:ファイアリングピン、もしくはストライカーを叩く部品)を起こしてピストルを発射可能状態にするものであるが、このレバーを引かないと発砲出来ないため、一種のセイフティの役割を果たしているのである。

  だが、このグリップセイフティ方式は普及しなかった。現在この方式を採用しているのは、P7のみである。(ブラジルのタウラス社のオートマティックの1モデルに、これと似たような装置がついているが) 普及しなかった原因だが、やはりグリップ全部のレバーを握りながらトリガーを引くという操作が、一般的な銃とかなり異なるため、扱いにくいということが挙げられるだろう。トリガーやグリップなど、射撃時に使用するパーツにセイフティを組み込む方式は、誤動作を招きかねない。ひとつのパーツに、ひとつの機能を持たせる方が、誤動作を防ぐ意味で人間工学的には正しいだろう。例えていえば、車のアクセルペダルにアクセルとブレーキの機能を持たせるようなものである。

  実際、このモデルを大量に採用しているのも、ドイツの対テロ特殊部隊GSG9(グレンツシュッツグルッペ9:第9国境警備隊)だけだ。確かに、いざという時に即発射が可能である点は、迅速な行動が求められる特殊部隊には最適だといえるだろう。しかし彼らは銃の扱いに精通しているプロフェッショナルであり、一般ユーザーとは比較にならないスキルを持っているのである。

  一方、グロック社(オーストリア)のG17だが、このピストルは革新的な安全装置を採用しながらも、今では銃市場において、主流となったピストルである。グロック社は、もともとプラスティック製品を製造していた会社で、銃とは無縁のメーカーだった。だがグロック社は、新開発の高強度ポリマー・プラスティックを大幅に採用して軽量化し、さらにダブルカアラム・マガジンによって20発弱もの弾丸が装填可能な、革新的で強力なモデルG17を開発し、銃市場に参入した。

  プラスティックをかなりの部位に使用しているため、X線に認識されないことから、最初はテロリストに悪用されるのではないかと騒がれたが(実際は、スライドは金属製のために認識される。また、後にポリマーにX線を通さない素材を混入させて対応)、凶悪化する犯罪に対抗するため、リボルバーに代えてアメリカの警察に大量採用されることとなり、爆発的に普及したのである。

  このG17が採用しているセイフティが、トリガー・セイフティである。トリガーが2段階になっており、トリガーを引くと途中に抵抗がある。そこでさらに引くとセイフティが解除され、弾丸が発射されるのだ。だがこのG17は、初期に暴発事故を起こしたと言われている。ユーザーが、無意識のうちに誤ってトリガーを引いてしまうのだ。つまり、セイフティ解除プロセスと発射プロセスとが同じであるため、誤って引き金を引いてしまった場合でも、弾丸が発射されてしまうのである。慣れていなければ、暴発の原因となることは容易に想像できる。

  とはいえ、市場において主流となったことを考えると、この方式は一般化したと言える。

  さて、ピストル一般に目を移すと、近年セイフティは強化される傾向にある。銃大国アメリカにおいても、盗んだ銃による犯罪や、子供による暴発事故が多発しており、防止策として2重、3重の安全機構を装備し、銃自体をコントロールすることが試みられているのである。例としては、通常のセイフティの他に、電磁キーによるロック等によって、本人以外は操作出来ないような機構がある。クリントン政権時に可決された銃規制法、いわゆるブレイディ法案とともに、ガン・コントロールの風潮が高まっているのである。

  銃規制と関連して、厳しく銃が規制されている日本の例を挙げてみたい。数年前、警察の正式拳銃としてSIGザウエル社のP230が採用されたのだが、オリジナルのP230と比較すると、安全装置が2つ追加装備された。元々SIGザウエル社のモデルは「トリガーを引かない限り弾丸は絶対に発射されない」というインナーセイフティを採用しており、いわゆる外部にセイフティは装備されていない。

  これはある意味、日本の警察の、銃に対する考え方を表しているのではないだろうか。根本的に、銃とそれを扱う人間を信用していないのだ。しかし、アメリカにおけるガン・コントロールの動きを考えると、日本の考え方も誤りとは言えないだろう。

  銃の安全装置は、近年ますますその重要度を増しているのである。


グリペン


参考リンク
H&K社(USAサイト)
GLOCK社
SIGARMS社(USAサイト)