エンジョイ読書 目利きが選ぶ今週の3冊

素数が香り、形がきこえる
J・H・コンウェイ著
★★★

 2次形式を「トポグラフ」で見ることから始まり、数学者が「実感」している数学世界を冒険できる本。専門書の一歩手前のレベルだ。細川尋史訳。

(シュプリンガーフェアラーク東京・2300円)


日本列島は沈没するか?
西村一・藤崎慎吾・松浦晋也著
★★★

 SF映画を見ていて、いつも「どこまで科学的なんだろう?」と悩む。この本は、「日本は沈没するか?」という疑問に科学の側面から答えてくれる好著。

(早川書房・1800円)


脳と無意識
フランソワ・アンセルメ+ピエール・マジストレッティ著
★★★★

 脳が刻々と変化し続ける、という科学的な事実を元に、神経科学と精神分析学を結び付けよう、という野心作だ。
 脳の「可塑性」は、われわれが遺伝的な束縛から逃れて、自由にふるまえることを保障する。
 あなたは、突然、理由のわからない感情に襲われて、泣き出したくなったり、怒りっぽくなったりした覚えがありませんか? それは、今現在、目の前で起きている外的な現実とは無関係なのだ。本書は、その原因を過去の体験の記憶、さらには、記憶として取り出すことさえできない「無意識」の領域に求める。
「トラジメーノ湖のほとりの制止」、「クララと教皇」、「赤信号を前にしたカップル」といった不思議な章題は、その章に登場する精神分析の具体例をあらわしていて思わず頷いてしまう。
 ただし、本書は、決して軽い読み物ではない。特に、神経科学の成果を紹介した部分は、門外漢には厳しいだろう。
 特筆すべきは厳選された図版だ。きわめて適切に挿入され、この難解かつ魅惑的な書物の読解を大いに助けてくれる。
 久々に歯ごたえのある「科学思想書」を読んだ。
 長野敬・藤野邦夫訳。

(青土社・2600円)

(日本経済新聞 2006年8月30日掲載)