毎日新聞「この人・この3冊」

 竹内薫・選 アインシュタイン

 科学好きの子供たちで協力し合って、中学校の文化祭でブラックホールのパネル展示をやった。そのとき、私はアインシュタインの「相対性理論」にすっかり魅了されてしまった。宇宙船の乗組員はたしかにブラックホールに落ち込むのに、地球からは宇宙船が静止して見える。観測結果は相対的だから、乗組員の証言と地球からの観測は、どちらも正しい。物理的な観測事実の「相対性」という考え方に私は知的な眩暈(ルビ:めまい)を憶えた。

 そんな私が最初に手にしたアインシュタインの本は『相対論の意味』。ただし、数式が難しくて、当時は意味が半分も理解できなかった。この本は数式が苦にならない人のための恰好の入門書だ。

 数式なしで楽しく読めるのが『アインシュタイン講演録』。アインシュタインは一九二二年に日本を長期訪問している。その際の講演録なのだが、石原純の詩や岡本一平の絵もユーモラスでいい。

『特殊および一般相対性理論について』は、少しの数式でアインシュタインの理論を読むことができる好著。ただし、最低一週間くらいかけて、じっっくりと勉強する心構えが必要だ。

 偉大な思想を理解するのに一週間という時間を費やすべきか否か。忙(ルビ:せわ)しない現代人には酷かもしれないが、広大な思想の地平が「見えた」瞬間の感動は言葉では言い尽くせない。アインシュタインの相対性理論は単なる科学理論ではなく、われわれの世界観そのものに「コペルニクス的な転換」を求める思想革命なのだ。

 大学と大学院で理論物理学を専攻した私の下宿の壁には大きなアインシュタインの肖像画がかけてあった。その後、私は作家稼業に転じたが、アインシュタインは私の心のヒーローであり続けた。

 今年は、相対論百周年、アインシュタイン没後半世紀という記念すべき年だ。これまで縁がなかった方も、相対論の世界を味わってみてはいかがだろう。


1『相対論の意味』アインシュタイン著、矢野健太郎訳、岩波書店
2『アインシュタイン講演録』石原純著、岡本一平画、東京図書
3『特殊および一般相対性理論について』アルバート・アインシュタイン著、金子務訳、白揚社


(毎日新聞 2005年7月24日掲載)