生命科学から宇宙の神秘まで

 「ガリレオの指」ピーター・アトキンス著

 いきなり、ショッキングともいえるガリレオの指の写真から始まる本書は、現代科学のあらゆる分野を網羅した科学啓蒙書だ。ガリレオの十本の指が、科学の十の「アイディア」を象徴しており、生命科学から広大な宇宙の神秘までが淡々と語られる。

 著者のピーター・アトキンスは高名な化学者だ。私は、本書を読みながら、こんな光景を思い浮かべた―。引退直前の一人の英国人科学者が、パイプの煙をくゆらせながら、マホガニーの机に向かって、彼の持てる全科学知識をまとめている姿。

 本書には、ときおり、ナルホドと納得させられる比喩が登場する。たとえば、宇宙初期の加速膨張の原因は、次のように説明される。
「宇宙が電池の片方の電極につながっていると考えればいい(中略)この電位はその宇宙のなかにいるわれわれがどんな実験をしても検出できないので、状態として「偽りの真空」と呼べる」(323ページ)

 また、随所に英国風のユーモア表現がちりばめられていて、思わずニヤリとさせられる。
「[遺伝学のメンデルの]父親のアントンは小作農だったが、健康も暮らしも植物のせいでめちゃくちゃになった。倒れた木の下敷きになったのである。(中略)思えば、息子のほうはのちに植物のおかげで名を成すのだから、皮肉なものである」(60ページ)

 そういえば、生物学者のリチャード・ドーキンスが本の帯でアトキンスを「ノーベル文学賞」に推している。思わずのけぞりそうになるが、ここは、やはり、英国ユーモアの精神に則って、「ドーキンスとアトキンスのどちらが先にノーベル文学賞を取るのか興味深いところだ」と、澄まし顔で切り返しておこう。

 全体的にいい翻訳だし、訳注も親切である。ただ、残念なことに、訳注が本文のあちこちに挟まれていて、文章の流れが寸断された感じがした。

 絶海の孤島に独りで流されたときに、一冊だけ本を持っていっていいなら何にするか、という質問があるが、科学好きの読者には、そのようなシチュエーションでオススメできる一冊だ。

(日本経済新聞2005年2月20日 掲載)