●第5章 銀の狼

P139、148
人間の脳に相当する臓器は脊椎動物にしかありません。いわゆる魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類です。地球上に魚類が誕生したのは約5億年前、カンブリア爆発(生命が急激に多様化した時期)から5千万年くらいたった頃です。頭部に大脳、小脳、脳幹という基本構造を持った脳に相当する臓器の原型が出来上がりました。この頃の脳は生命維持に必要な脳幹の比率が最も大きく、大脳には辺縁皮質(辺縁系)しかありませんでした。言い換えるなら、魚類の大脳と言えば、辺縁系を指すということなのです。約3億年前に出現した爬虫類になると、その大脳に新しい皮質(大脳新皮質)がわずかに生まれ始めます。

その後、鳥類や哺乳類になるにしたがって、大脳新皮質は発達し、運動野や感覚野を持ち始めるようになりました。さらに、霊長類になると連合野が誕生し、高度な認知や運動を行えるようになるのです。そして、約500万年前に誕生したヒトの祖先は、その大脳新皮質をさらに肥大化させることに成功しました。

ここ300万年の間で、ヒトの大脳の容量は約3倍にまで拡大し、特に前頭前野が著しく発達(新皮質の約30%を占める)したことで、抽象的思考などが行える高次機能を獲得した現生人類(ホモ・サピエンス・サピエンス)が出現したと考えられています。

P144 5〜10行目

5行目の文章は、「ドーパミンが扁桃体から放出される」という意味ではありません。中脳にある腹側被蓋野(VTA)から扁桃体や視床下部に投射している神経細胞からドーパミンが放出されるのです。そのドーパミン神経細胞をA10神経と呼びます。A10神経は扁桃体や視床下部のほかに、中隔側坐核や前頭前野などにも投射しており、報酬や快感を与えます。視床下部は扁桃体とVTAから送られてくる情報から、その状況に見合うホルモンを下垂体に向かって放出します。下垂体はそれを受け取り、全身にホルモンを撒き散らすのです。

本文では、分かりやすく「好き→ドーパミン→性欲」という直列的な情報処理で性欲を記述していますが、本来は下図に示すような複雑な回路が隠れています。この図を見ると、視床下部が性中枢になっていることが、矢印の入出力の数から見て分かると思います。脳には必ずフィードバック機構が搭載されていることや、情報処理の手法が並列的であることも掴んでいただけるかと思います。